2012年9月14日金曜日

プロジェクト、無事に終了致しました。



8月の最後の日にこのプロジェクトは無事終了致しました。
それぞれのスタッフが直後より私用で忙しくしており、ここへの報告が遅くなりました。

このプロジェクトに参加された家族は最終的に一組になりました。
しかも、そちらの事情も有り、1週間の参加になりました。

男の子二人、女の子一人を連れてお母さまは逞しくやって来られました。
夜の到着で打ち合わせなどほとんど出来ずにお休みになられ、
早朝、学園へ向かいました。

学園側では彼方の日本人スタッフが迎えてくださり、学園の園長から校長など、
重要な方々にご挨拶、ステイ先の家族にも会いました。
学校の中を散策し、子供達は子供達の校舎で昼食、私達は大人の食堂で昼食を取り、
再び、学校探検。
子供達は日本で「学童保育」で過ごしていたので、タイ語とはいえ、沢山の友達と仲良くなるのには長けていました。

夕方、私は後を日本人スタッフ・飯村さんにお願いして帰宅致しました。
後日、お母さまがされる「震災のお話会」の催しに参加するのみとなりました。
これで私の出番は終了致しました。

以後のプロジェクトの成功は彼等の気持ち一つ、と言うことでしょうか、

子供達はタイ語の授業にも関わらず、教室から出ることは無く、楽しんだと聞きます。

お母さまは学園の給食の係の方に日本食を教えたとか、勿論、タイ料理も習われたようです。

ステイ先の家族は日本に家族が居られて、言葉に不便は全くなかったらしい。

「震災のお話会」の日、彼女が教えた親子丼と味噌汁が学食でだされていました。
こちらからは、バンコクに運良く引っ越された家族と学園を見学しながら参加させて頂きました。

小学5年、6年対象にお話しして頂きました。「その時、東京でどのように過ごしたか?」のお話が主で、放射能の話にはなかなか行き着きませんでしたが、
一度には無理な話でしょうか、


彼の家族は、学園でもステイ先でもアクティブに過ごされて、帰国前夜は空港近くのホテルに移動、そして、8月の最後の早朝、日本へ帰られました。

ざっと流れを紹介致しました。
本当に、何もかもがパーフェクトに進み、実によかったと思いました。

このプロジェクトに協力して頂いたルン アルン学園に感謝しています。
そして、この学園を紹介してくれた友人、この長月の初めの日に日本へ本帰国された
飯村ヒロシさん、この貴重な経験をありがとう、

どうか、日本でも生き抜いてください。
そして、また、面白い世界を紹介してくださいね、

高木多香子



参加して頂いたお母さまにレポートなど、お願いしています。
届きましたらここで紹介させて頂きます。










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